朝日大学ビジネス企画学科~Column(コラム-06/11/13)

 

コラムに関するご意見はこちらへ→
11月13日号(第241号)


 身近なビジネス 
「初速」
 毎夏に放映される琵琶湖の「鳥人間コンテスト」が今年30回目を迎えたのを記念してDVDボックスが発売されました。最初は「びっくり日本新記録」というバラエティ番組のちょっとふざけたアトラクションだったので、数十メートルを飛ぶのがやっとだったと記憶していますが、98年には彦根から琵琶湖を横断して約24キロ、2003年には最も遠い琵琶湖大橋まで到着して約34キロを飛行し、現在では18キロの折り返しコースを飛ぶようになっています。
 この大会では、琵琶湖に突き出したプラットフォーム上を人手で押してスタートし初速をつけます。まったくの平地からの人力飛行機の日本記録は、約12キロでしたが、昨年日大の航空研究会が50キロの飛行を達成しています。世界記録は約112キロだそうです。 人間の力で50キロも空を飛べるなんて夢のようですが、ハンググライダーのように飛び出す最初のスピードが速く、高度が取れればその後は比較的安定するようです。
 ビジネスや人間が作り出す組織でも、同じことが言えます。スタートアップでは、メンバーのビジネスにかける意気込みと努力(初速)、そして元手となる資金(高度)が必要です。大企業が安定して見えるのは、資金という「高度」が潤沢であることと深く関係しています。
 それでも大企業が新たなビジネスを生み出すには、意気込みと努力という「初速」を必要とします。この初速を支えるのは、主に若い人たちです。デジカメのオートフォーカス機能の元になった技術は、今から20年前にミノルタという会社で製品として生み出されました。オートフォーカスを活かすには、カメラ本体と交換レンズの接合部分(マウント)をすべて作り変えなければなりません。しかし、今まで販売したカメラや交換レンズが使えなくなってしまいます。大企業ではあったものの当時キヤノンやニコンに遅れをとっていたミノルタは、一眼レフカメラで生き残るために社運を賭けてこの技術を活かしα7000というカメラを発売、大ヒットしたのですが、この開発はベテランの技術者ではなく、会社の意気込みに感じた20代の若い技術者が寝食を忘れて取り組んだ結果だったそうです。デジカメでは出遅れたミノルタは、今年ソニーに営業譲渡しその歴史を閉じましたが、もし若い技術者の「初速」がなければ、20年前にその歴史を終えていたかもしれません。
 大学の4年間で大きく変わる学生を何人も見てきました。自分が見つけた何か、サークル活動や趣味、ゼミ運営、資格取得など、見つけたきっかけにきつくても自らの行動で対応し、それを続けることによって大きく変身していきます。若者は、中高年と違って初速を得てはばたく本能を与えられているのかもしれません。    (岩崎)

 パソコンで遊ぼう 
「カーナビに安全情報」

 本年9月14日に長野県の中央自動車道で発生したトラックなど21台が絡む多重事故は記憶に新しいところですが、事故現場は過去にも多数の事故が発生し魔のカーブといわれて、ドライバーから危険視されていたポイントです、高速道路運営会社側では高機能舗装を施工して道路の排水能力を高めたり、高輝度レーンや反射板の採用など、様々な事故対策が打たれてきました。しかしこういった努力も根本的対策に結びつくことなく、9月14日に再び悲惨な事故が発生しました。
 国土交通省ではこの事故をきっかけに、高速道路での交通事故撲滅に向け根本的対策を検討し始めています。その対策の一つとして考えられているのがカーナビを利用して危険箇所情報をドライバーに事前に知らせるシステムです。このシステムの概要は、危険予知情報を随時無線でカーナビに送るというもので、見通しの悪い急カーブや合流点などのピンポイント情報を適宜、ドライバーに流して危険回避につなげようとの試みです。  まもなく首都高速で試行が始まり2009年度までには全国展開する方向で検討が進められていますが、これに先立ち来年3月から首都高速4号線で運送業者による先行試験運用をはじめ、順次一般利用者に広げていく考えのようです。このシステムの導入で政府は年間の交通事故による死亡者数を5000人以下(2005年度の結果は約6900人)にすることを目標としています。
 確かにこの試みへの期待は大なるものがありますが、現実にはいろいろな問題点も浮かび上がってきます。すべての車にカーナビが備えられるのか、それを前提として効果が期待できるはずですし、また、カーナビを見るということ自体が運転への集中の妨げになります。安全運転のためのシステムのはずが、かえって逆効果となる可能性もなきにしも非ずです。心配が徒労に終わることを願っています。     (大山)

 今週の話題 

「トヨタを支えて40年」
 
 数字合わせのようでありますが、10月10日に10代目の新型トヨタ カローラが誕生しました。「マイカー元年」と言われた1966年、初代カローラは、大衆車市場に咲かせる「花の冠」という意味の車名でデビューしました。1966年は私がトヨタ自動車に入社した記念すべき年でもありました。その年の4月に日産自動車が排気量1000ccの大衆乗用車サニーを発売しており、遅れをとったトヨタは排気量1100ccにして、「プラス100ccの余裕」というキャッチフレーズで11月に発売しました。  
 当時、トヨタと日産は同規模の販売台数で競合していて、クラウン対セドリック、コロナ対ブルーバード(特にBC戦争といわれた)、カローラ対サニーというように車種構成も同じで対等のライバル関係でした。「100ccの余裕」はサニーを特別に意識したものでした。   初代カローラのコンセプトは「80点主義プラスα」で、性能と経済性のバランスの良さを追求。その考え方は「落第点があってはいけないのが80点主義だが、全部が80点でも駄目で90点を超えるものが幾つかなければならない」というものです。その思想は歴代モデルに受け継がれています。当時、私はその考え方に妙に共感を覚えました。
 カローラは安心して乗れる車として、多くのお客様の支持を得て1969年から2001年まで33年連続して乗用車車名別登録台数No.1を獲得し、更に発売から40年の内、No.1を36回獲得してトヨタの屋台骨を支える車となりました。昨年年間でカローラは16の国と地域で136万台が生産され、140以上の国と地域で139万台が販売され、グローバルカーの地位を確固たるものにしました。
 40年前、新発売に際して、生産のために専用工場を造り、販売のために専用チャンネルとして全国にカローラ店を展開して、トヨタの命運を賭けた車カローラは車名のように見事に花を咲かせつづけています。    (亀井)


 


戻 る

関連記事

  1. 朝日大学ビジネス企画学科~Webマガジン(News&コラム-12/1/30)

  2. 朝日大学ビジネス企画学科~Column(コラム-03/03/17)

  3. 朝日大学ビジネス企画学科~Webマガジン(News&コラム-12/03/05)

  4. 朝日大学ビジネス企画学科~Column(コラム-06/01/23)

  5. 朝日大学ビジネス企画学科~Webマガジン(News&コラム-12/11/12)

  6. 朝日大学ビジネス企画学科~Column(コラム-03/06/09)

  7. 朝日大学ビジネス企画学科~Webマガジン(News&コラム-11/07/18)

  8. 朝日大学ビジネス企画学科~Webマガジン(News&コラム-11/1/24)

  9. 朝日大学ビジネス企画学科~Column(コラム-06/05/08)

最近の記事