朝日大学ビジネス企画学科~Column(コラム-08/07/28)

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7月28日号(第330号)


 身近なビジネス 
「留学生と話そう」
 今年臨時で留学生向けの日本文化事情という講義を担当しました。留学生の母国と日本の違いを考えようという講義です。しかし、その講義で一番勉強させてもらったのは僕でした。留学生と話すと日本のことがよくわかります。同時に留学生も自国のことがより鮮明になるようです。たとえばこんなレポートが出てきて、ビジネスの違いも見えてきます。
 『カップルにみえる男女がレジの前に立っている。従業員はさりげなく別々でよろしいですか? と訊く。日本で別々にお金を払うのはまれな光景ではない。韓国でも実質的には割り勘をする。しかし、韓国人がレジの前で別々にお金を支払うことはしない。男子の場合だと一層その傾向が強い。日本に来て割り勘をはじめてみたとき、少し驚いた記憶がある。割り勘に対する認識には、両国の国民性が現れていると思う。
 韓国の飲食店のレジの周りではお金の出し合い合戦をしているのをよく目にする。つまり誰かがまとめて払うことが多いのだ。あなたはいくらだと、はっきりと言わない。言えないというのが正しいかもしれない。しかし、2次会や3次会となると、お金の出し合い合戦は少し収まる。先ほど払ってもらったからここは私が払うと、ある人が全額を出す。ギブアンドテイクのような場面である。おごってもらったら、近いうちにその人から電話がかかってくるという笑い話も韓国にはある。すなわち割り勘という言葉を口にしないだけであって、実際には割り勘をしているのと同様なのだ。
  日本のように割り勘をするのは、韓国人にとって受け入れがたい話である。実際には割り勘に近い行動はしているが、その言葉には抵抗感を感じる人が多い。では、なぜ日本のように割り勘をしないのか? そこには、日本と韓国での人間関係を築いていく方法の違いから起因している点があるように思う。
 日本人は友人であっても相手に負担をかけることを避けようとする。場合によるだろうが、相手に積極的に助けを求めたりしない。割り勘をすることには、他人に負担をかけないという気持ちが込められていると思う。一見冷たい気もするが、そこには日本人ならではの思いやりが潜められているとみえる。
 一方、韓国では人との情のやりとりを非常に重視する。自分の感情や考え方などを率直に話すことで親しみを感じ、仲間意識を高める。相手にご飯をおごるのは自分の好意を示すことであり、それをお互いに繰り返していくうちに仲が深まっていくと考えている。
 つまり、割り勘にすることは人間味に欠けていると感じる人が多いのだ。日本の割り勘は合理的だが、韓国でそれを言い出すと相手にあなたを情より計算を重視する冷たい人に見せてしまう。相手に不愉快な気持ちを与えてしまうのだ。友人同士ならなおさらである。そこには儒教の教えが働いているのかもしれない。
 相手に対する思いやりを自分の行動を慎み遠慮することによって表現する日本人、人に必要以上にすがろうとすることを相手の迷惑だと考えている日本人に対して、仲間意識を大事にし、一緒に行動することによって情をやりとりする韓国人の文化の違い。このような違いは、割り勘をする行為の違いにも現れていると思う。』    (岩崎)

 パソコンで遊ぼう 
「カタカナ語の表記」
 
 マイクロソフトは、製品やサービスに記載するカタカナ語の表記方法を順次変更すると発表しました。「日ごろ目にする言葉とマイクロソフトが使用している表記の間に違和感が生じるようになった」と変更の理由をマイクロソフトの加治左最高技術責任者が記者会見で語ったそうです。
 記事を見たときは、また巨大企業が勝手なことを言い始めたと思ったのですが、良く読んでいくと確かに私たちが使っているコンピュータ用語の表記で言葉の末尾に長音を付けるか付けないかを迷うことがあります。コンピュータ関連の書籍では「サーバー」と伸ばすのですが、パソコン検定では「サーバ」と表記しています。
 日本工業規格(JIS)の表記ルールでは、「その言葉が3音以上の場合には、語尾に長音符号を付けない」という原則を取っていて、「サーバー」(3音)、「プリンタ」(4音)などと表記していて、マイクロソフトはこれまでJIS表記に従った表記を行っていたそうです。
 新しくマイクロソフトが採用する表記ルールは、新聞などが採用しているものと同じ国語審議会報告に基づく内閣告示第二号に準拠するそうで、英語の末尾が「-er」「-or」「-ar」などで終わるカタカナ語は末尾に長音を付けることを推奨しているので、コンピューター、ブラウザー、アダプター、スキャナー、ドライバーなど、今まで長音を付けていなかったカタカナ語のほとんどに長音が付いてしまうことになりそうです。
 しかし、国立国語研究所の調査に基づく慣例として、コネクタ、プログラマ、プロセッサなどは、これまで通り長音無しの表記で単純に統一されるわけではありません。
 放送用語もそうでしたが、昔先輩から教えられた専門誌などに記事を掲載する場合の技術用語には長音を付けないのが一般的な表記でしたから、パソコン検定ではこの習慣が受け継がれているのでしょうか。これを機会に自分が書く文書の表記を点検してみたいと思います。    (田村)

 今週の話題 

「オールマイティ」
 教員採用試験にまつわる不正事件の捜査が大分県で進んでいるようです。本年度の採用試験も始まりましたが、いくつかの不正防止対策が講じられ、「100%このような不正は起きない」と胸を張っている県幹部職員の姿がテレビに映し出されました。
 しかし、人間が関与する以上、完全に不正が行われないことを保証できるものはありません。システムを設計したり設置したりするのにも、必ず人間が関与します。悪意を持ってすれば、何事も不可能なことはありません。
 ところで、北海道・洞爺湖サミットも終わり、地球温暖化の問題は、解決への糸口をつかめないままさらに混迷を深めています。具体的な数値目標の義務付けを目指した国々の中で、特に強い意欲を持っていたのが、原子力発電の普及を目指すフランスであるとの見方もありました。
 一方、わが日本は、原子力発電所の建設が計画通りには進んでいません。「原子力発電の安全性」の宣伝が、逆効果となっていると考えています。もし、安全ならば、地域住民の心配は無用ということになります。しかし、日本人は原子力の恐怖を決して忘れていません。原発建設推進の立場と地域住民との間に、永遠に歩み寄れない溝ができてしまいます。逆に「原子力発電の危険性」を正面から提示し、地域住民と課題を共有することが、歩み寄りの近道であるように思えます。
 「絶対に」不正や事故は起きないということを信じると、思考が停止し、課題解決を阻害してしまうケースが多いのです。最近流行りのコンプライアンスの危うさも、この点にあります。人間は、ありとあらゆる悪事、失敗を犯すこともできる「オールマイティ」の存在です。「100%」に限りなく近づけようとする情熱と不断の努力によってのみ、「安全」や「正義」は達成に近づきます。     (横井)


 


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