経営学部生はこれを読め!(1) 「陸王(池井戸潤/集英社)」

 この小説の舞台は埼玉県行田市である。しかし、これは岐阜の中小企業の話だと思って読んだ。
 メガバンクを舞台とした企業小説「半沢直樹シリーズ」で有名な池井戸潤は、岐阜県八百津町出身である。たまたま本書の全面広告が日経新聞に掲載された8月29日に、所用で訪れた八百津町の小さな書店。八百津が誇るもう一人の出身者(と書くと、美濃市からの異論が出るが)・杉原千畝関連の著作と共に、店内は池井戸作品で埋め尽くされていた。その中で、やはりレジ前の最も目立つ位置に平積みされてあったのが、本書である。160912陸王_

 畦地(以下、畦)「この本、今朝、日経で全面広告してましたよ」
 店主(以下、主)「あらそうなの。新しいから、今よく出てますよ」
 畦「やっぱり、町の出身ということで売れるんですか?」
 主「ええ。でも、いつも通り、最後は『正義は勝つ』みたいに、ハッピーエンドになるところがいいみたい」
 畦「売れる作家さんって、勝ちパターンがありますもんねえ(と言いつつ、1冊購入)」

 というわけで、本書についても最終的には大企業と裏切り者、苦境時に資金を絶った地銀に「倍返しだ!」というストーリー展開なのだが、その分、安心して楽しむことができる。
 行田市は足袋の生産地として有名だったが、和装が廃れていくと共に需要が減り、主人公の家業である工場も先細りが見えている。その中で、偶然見かけた地下足袋に似たシューズをヒントに、全くノウハウのない「足に優しい」ランニングシューズを開発しようという挑戦と苦闘が描かれていく。
 まずは「シューズと足袋は全く違う」こと、新製品の試作には人と金と時間がかかること、販路がないこと、適切な部材を探すことの難しさ、資金繰り、人員繰り、生産設備の故障と従業員の過労…。次々に立ちはだかる問題を解決していくのは、人に対する信頼である。社長と社員の間の信頼。特に社長を子供の頃から知っている番頭と社長の、事業変更と拡大に対する意見の相違と葛藤。社長の息子の、次世代としての迷い、仕事に対する立ち位置への迷いと、過去の特許にしがみつき一発逆転だけを目論む男との間に作られる奇妙な信頼。怪我から立ち直り『陸王』により再起を果たそうとするランナーと、その陸王を生産する工場社員たちとの信頼。人々の信頼関係が大きな力を生み、先細りの零細企業が新境地を開いていく。一方で、信頼を裏切る者たちが、自ら倍返しで裏切られ失速していくのは、先にも述べた池井戸節の真骨頂なのだろう。
 ここにあるのは、廃れた(とされる)伝統的工業の生き残りを図る、全国のどこにでもある中小企業の苦闘の姿である。そして、全ての企業がこの小説のように、おとぎ話のように「そして幸せになったとさ」という結末を迎えるわけではない。むしろ、出口の見えない苦闘に喘ぎ続ける企業の方が多いだろう。
 しかし、例えばデザイン枡や加湿器『マスト』で有名な大橋量器、美濃和紙を利用した水うちわを復活させた家田紙工など、岐阜県でも多くの企業が活路を開きつつある。生活習慣の変化や少子化、継続するデフレなどにより、物やサービスを考え、開発し、販売することは、これからますます困難になるかもしれない。しかし、地域の中で継続的に人と人との信頼を結ぶことが、その地域の困難を打破する力となっていくのではないだろうか。
 我々も、もしかしたらハッピーエンドにたどり着ける。そんな勇気を与えてくれる作品である。
                                         (畦地)

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