No.689 一隅を照らす

 世の中には、接するだけで僕たちの心をふるわせるすごい人がいます。1年生に講義をしてくださったペシャワール会の中村哲先生は小柄で物静かな方でした。九州で医師をされていた先生は、趣味の昆虫採集に導かれてパキスタン、アフガニスタンを知り、その後求めに応じて1984年からパキスタンのペシャワールにハンセン病治療のため赴任し、以来30年以上両国にまたがる地域にとどまり地域の人々を救う活動を続けておられます。

 こう書くと医師として診療に当たられたように思えますが、その活動は医療にとどまりません。2400人の感染病患者にベッドは16床、医療器具は耳が痛たくなる聴診器と曲がったピンセットくらいしかない中で診療をはじめ、けがを防ぎ感染病の悪化を抑える現地の文化に根ざした安価なサンダルづくりを工夫します。本来農業国だったアフガニスタンですが、2000年から現在まで続く大干ばつに襲われ、6百万人が飢える状態になり村を捨て難民化するのを目の当たりにします。援助が必要なこの時期に国際社会は9/11の報復で逆に経済制裁を行う中、飢えや乾きは薬では治せないと、中村先生は枯れてしまった井戸を掘り直す井戸掘りをはじめます。1ヶ月半をかけてきれいな飲料水が出ると病気が減り人々が村に戻って来るのをみて、1年間で約600カ所の井戸を掘ります。さらに飲料水だけでは農業はできないため、農地を復興できる大規模な灌漑用水路づくりを自ら重機を運転して手がけます。この結果現在では砂漠の中に東京ドームの400倍16500ヘクタールのモデル地区が生まれようとしています。彼はメスをブルドーザーに持ち替えて65万人の命を救ったのです。しかし、自分は一隅を照らしているだけ、と淡々と自然体で話されます。

 すごい話に、薄っぺらい人間関係の中で麻痺していた僕たちの感性が目覚め、何かしたいという思いが溢れます。アフガニスタンのために今何が僕たちにできるだろうという学生の問いに、「アフガニスタンにかかわらず、今自分の周りで出来ることをおやりなさい。一人で成り立つ自分はありません。自分を見つめるだけの人間は滅びます。自分の関わりのあるところで自分のまごころを尽くすことが大切です。」と語られ、今後アフガニスタンは何をすべきだと思いますかとの問いには、「アフガニスタンのことはアフガニスタンの人が決めるべきです。」と我々の思い上がりをきっぱりたしなめられました。

 イスラム教には部族社会をまとめる役割がある。地域の宗教や文化は理解して尊重すべきだ。患者がどうして欲しいのかが分からないと医療は成り立たないのと同じで、理解することが一番大切。日本は金で買えないものをすべて金に換えてしまった、果たしてこれで幸せなのか、などなど一つひとつの言葉が実践の中の深い思索に裏打ちされ心に刺さります。中でもアフガニスタンの人々の願いは一つ、三度の飯と家族と一緒にいられること、これが叶わず難民化するのだから、干ばつと戦うことに皆必死だ。温暖化の今は、世界中戦争している暇はない。との言葉に新聞では読み取れない現実を突きつけられました。自然体で僕たちの行動意欲を突き動かした小さな巨人との出会いは、僕たちの一生の宝となりました。 (岩崎)

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