No.705 奴隷の自由

 無知を思い知らされました。新学期はなぜ東芝問題は起こったのか、何が問題なのか、を各学年のゼミで討議してもらっています。討議の前に、日本の会社制度が企業論や法律で学ぶ欧米型の会社制度とどう違うかを話したのですが、多くの学生が日本の大企業がどのように運営されているのか(優秀であれば平社員でも社長になれる可能性があった、社長は株主ではなく前社員(現社長)が選ぶ、という欧米との違い)のイメージをまったく持っていないことに気がつきました。かといって、本来の株式会社制度を理屈として知っいて信じているわけでもありません。会社勤めとはワンマン社長とその指示に従う社員というイメージで、東芝もやっぱりね、としか感じないようです。

 先進国では社会に出て挑戦する自由が与えられているという幸福感は、若者にとって実感のないものになっているのです。そう考えると、大学生からなんとなく漂う閉塞感やブラック企業の隆盛も理解できるような気がします。奴隷を選ぶか、フリーターを選ぶかの選択です。昔と違い食べられる時代ですからどちらでもよいと考える人が多く、その中で公務員人気(無理しなくても安定して給料がもらえる)が高いのも当然です。

 無知に気がつくと、大学生が勉強しなくなった、サボっている、強制的にでも勉強させなくては、と断じるだけでは問題が解決しないことが分かります。開発経済学者のコリアーは、貧しい国では民主主義的な選挙を導入すると、政治家への国民の監視や正統性による信頼という民主主義のメリットが働くのではなく、逆に政治的暴力が加速することを発見しました。その原因は、情報不足(貧し国は資源が環境変動の影響を受けやすく政治の善し悪しが成果に結びついたかが国民から分からない)と、投票の偏り(政治実績より部族や仲間への投票が大半)で政治家が努力することをやめ、結果として反対勢力は投票結果を正当と認めず力の行使が当たり前となるというものです。原因を読み間違えると、民主主義という対策が逆に働くのです。同じ事が現在の大学生にも言えるかも知れません。現在の日本は物質的には貧しくありませんが、一人ひとりの社会的な上昇経路と可能性の貧しさから日本のビジネス基盤が貧困国の政治のようになったら大変です。

 まず、ビジネスとは何か、社会的にどのように意義があり、どのような挑戦と可能性があるのか、という現実に即した情報が十分学生に伝わる必要があります。日本の制度の中でどのように挑戦をしていくのかというイメージや情報、行動の仕方を正確に伝える「技術支援」です。これで学生が行動しよう、そのために学ぼう、と思うきっかけづくりができないか。そこで今年度後期から「起業家論」という授業をはじめてみました。まず松永安左エ門で学生を釣ろうと思っていたら、タイミング良くNHKでドラマ化されたのでそれを見せ、松永の戦前の民有国営化への反対論を読ませて、レポートを書いてもらいました。効果はてきめん、最初は変なオヤジだと思ったが、むちゃではあるが論理的、実現可能、将来性を熟慮して行動した人だったという、熱い感想が50件も提出されました。来週は、若いときのどうしようもない松永の話をして、さらに火を放ちたいと思います。 (岩崎)

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