No.720 月面着陸50周年

 

経営学入門の授業では奇跡の生還を遂げたアポロ13号をとりあげ、予想外の困難に挑戦できる組織の能力をグループ討議で体験してもらいます。先日はハヤブサ2号のリュウグウ着陸が話題となりましたが、ついつい宇宙への挑戦の明るい側面にスポットが当たりがちです。人類が月に達して今年で50年、文字通り世界中の人々が当時なぜ月面着陸に熱狂したのかは、今となってはよく伝わらなくなくなっていますが、ケン・フォレットの小説『永遠のはじまり』を読み、当時のアポロ11号船長の自伝を元にした映画『ファーストマン』を観ると、月着陸が絶望の中での希望であったことがあぶり出されます。

世界の終わりを覚悟した1962年のキューバ危機から月面着陸の直前までは、世界は絶望の淵に沈んでいました。1968年1月ベトナム戦争のテト攻勢で米軍の敗北は決定的になり、3月には黒人公民権運動家キング牧師が暗殺され、全米各地で人種暴動が発生し、6月には有力大統領候補のロバート・ケネディ上院議員が故ケネディ大統領に続き暗殺され、7月にはビアフラで数百万人規模の餓死が報じられ、8月にはチェコスロバキアで民主化運動「プラハの春」がソ連により武力鎮圧され、10月メキシコ五輪直前のメキシコ市民主化要求デモに警官隊が発砲し数百人が死亡しています。69年の月面着陸後も米国はベトナム戦争に敗れ、アフガニスタンからソ連は撤退しベルリンの壁が壊され、ソ連が崩壊する1991年まで世界は不安定でした。フォレットの小説には第二次大戦後一貫して人間が自ら築いた文化や社会制度の絶望的な壁を大きな犠牲を払って一つずつ壊していく様が描かれ、当時の人々の葛藤を追体験できます。

そうした背景の中でとらえると1969年に打ち上げられたアポロ11号は別の意味を持ちます。小国に負けそうなアメリカの国威をかけた国家事業、核兵器のための宇宙開発で先行した社会主義国ソ連との負けられない競争、そして今からは想像もつきませんが当時の技術では成功するかは半々のばくちで、宇宙飛行士の蛮勇と沈着に過度に期待したものでした。今までの実録映画と違い、『ファーストマン』は美しい映像とは逆に、死の影におびえつつも冷静に現実と向き合い、全てを犠牲にして絶望的な夢の実現を目ざすアームストロング船長を淡々と描いています。着陸はNASAの計算通り行かず、長年磨いた飛行技術と冷静さが導いた幸運とで着陸地を見つけ、ぎりぎり成功します。

ロケット発射時点で100万人近い人が押し寄せた月面着陸は世界で生中継され、日本では視聴率68%、世界人口の20%が視聴したと言われます。人間なんてちっぽけなものと細事にこだわらず現実の様々な閉塞感を打ち破れる象徴として、あるいは絶望的でも壁に立ち向かう主体的な行動への裏付けとして人々を熱狂させました。その結果がその後の民主化する世界につながったとも言えます。

当時とは逆に、今は世界中の一人ひとりが現実をアームストロング船長のように正面から見据えるべき時代かも知れません。月面着陸50周年は平和な時代に倦んで目をつぶり全能感もどきにひたる僕のような中高年には現実を、逆に周囲だけを見て絶望感を感じている若者には人類の壁を破れた歴史をもう一度考えるチャンスを与えてくれます。 (岩崎)

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