No.741 みんな違ってみんな生きづらい

最近、会う人ごとにお薦めしているマンガ「ヤンキー君と白杖ガール」(うおやま/KADOKAWA)。担当各授業でもゴリ押ししているのだが、学生が読んでいる気配がない。むしろ若干ひかれてしまっている。また図書館分室に入れてみるか…。

 表紙だけ見ると、スキンシップをしながら見つめ合う情熱的な恋人たちの話であるように見えるのだが…実はこれ、女の子の方が弱視であるために、男の子の表情(手で確かめる)や感情(声を聴き取るために近づく)を確かめるために、身体距離が近くなっているというわけ。もちろん内容は、そんな彼女にドギマギしながらも強く惹かれあっていく二人の、ボーイミーツガールもの、ラブコメ四コマである。

ただのラブコメとしてもニヤニヤしながら楽しめるのであるが、この作品は登場人物それぞれの抱える「生きづらさ」の問題が、“傑作”と言えるほど丹念に描かれている。主人公の少女は弱視というハンディを負っているが、少年の方は左目から頬にかけての大きな傷、“ヤンキー”としてのスティグマを持っている。子供の頃に受けた傷の原因は突き詰めれば貧困につながり、傷が社会に受け入れられない原因となり、ますますヤンキーとして生きていくしかない。弱視者として白杖が手放せず、対応不十分な社会の中で不自由な生活を送らざるをない。そんな二人が出会ったことで「生きづらさ」を共有し、また周囲の人々もそれぞれの「生きづらさ」に向き合っていく。

障害者の家族やマイノリティの「生きづらさ」も描かれるが、私はある登場人物が発した「自分のことが『健常者(ふつうの人)』とは思えない」という台詞に胸を打たれた。そう、明確に“障害者”としての扱いを受けていなくても、健常者側に入れない人も多く存在するのだ。誰もがそれぞれの生きづらさを感じ、社会に対して違和感を覚えている。それならば(もちろん“障害者”の方が圧倒的に不便を強いられているのだが)障害者と健常者の違いとは何なのだろうか?健常な社会とはどこにあるのだろうか?誰もが誰もに対して生きづらさを感じているのではないだろうか?

ということも考えさせられるのは、この作品での人々の描き方が丁寧だからなのだろう。特に、なかなか気づけない弱視の人たちの見え方・世界把握・行動しづらい状況など、作者ご自身が弱視者なの?と思えるほどに丁寧に描かれている。一言では、全てに愛が満ちあふれているこの作品。小難しいことなど考えずに、主人公カップルのこの後の行く末をニヤニヤしながら見守るのが正解なのかもしれない。

ちなみに「ニコニコ静画(マンガ)」で全話無料公開連載中(会員登録必要)。もちろんコミックスには加筆・新話があるので、そちらもお勧め。(畦地)

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