No.746 歴史から学べること

 日本が豊かになったのはわずか45年前。当時、解禁された韓国旅行から戻った高校教師が生徒達に、駅で弁当を買うと貧しい身なりの子供達がじーっと見つめてきて、にぎりめしが喉を通らなかったと、話してきかせました。朝鮮戦争の名残はまだ色濃く韓国内に残っており、戦争の惨禍を忘れてはならないと。一人の生徒はその夜うつらうつら考えます。焼かれた村から裸足で逃げる少女、僕たちは何かをしないと。突然少女の顔がわがままそうなおばさんに変わります。途端に今までの共感が無関心に変わっていく実感に、生徒は自分の偽善を思い知ります。何かを変えるなんて無理、無理。

 ドラマで見る戦争は多くの場合ロマンチックな脚色で共感を刺激します。そして一時的な気持ちの高ぶりはあっても多くの人は、じきに忘れてしまいがちです。むしろ戦争より戦争にも至りうる普通の人々の感じ方の変化、人間の危うさとすばらしさとを知ることで、社会に対する関心は長続きします。生活実感から本当に豊かになったのかを問う人が世界中で増えている今こそ、歴史を学ぶべきかも知れません。しかし、難しい歴史書は眠気をさそいます。戦後の日本人は司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」を読み、貧しくも志を持った明治の若者にならい自らを奮い立たせ高度成長を肯定しました。

 最近、欧米では20世紀の各国の家族の歴史を追ったケン・フォレットの「巨人達の落日」三部作が人気です。読み物としてのお楽しみだけでなく、襲いくる漠然とした不安に震えていたのは今だけではないことを教えてくれます。僕等が当たり前と思っている社会がどうやって築かれてきたか、善意に溢れた人たちが慣習や偏見をうち捨てるのにどれだけ苦悩したか、相互理解のない正義が扇動されてどれだけの危険を伴うか、一度動き出した社会に抗することがどれだけ難しいか。描かれたのは単なる歴史ではなく、自分たちも簡単に20世紀初頭の人々と同じ道をたどりうることを読後思い知らされます。

 20世紀の100年間、人類は何億という尊い犠牲を払いながら社会の安定を探し求めてきました。貴族主義の不寛容が小さな事件を第一次世界大戦に炎上させ、戦争の悲惨を知り尽くしたにもかかわらず不況に打ち勝とうと様々なブロック化で敵を作りあい第二次世界大戦を経験し、キューバ危機では冷戦の破滅を覗きつつも過去の反省から引き戻り、ニクソンショックで自由貿易による繁栄の足場をつかみ、同時にグローバル資本主義のパンドラの箱を開け、ベルリンの壁崩壊で平和な地域共存という理想への歩みを進めてきました。にもかかわらず、ISの跋扈やイギリスのEU離脱は、ある意味世界的な不寛容の広がりを象徴している大きな転換点なのかも知れません。

 不寛容を乗り越えることは容易でないことを歴史が証明しています。それでも人々が前に進めたのは、逆説的ですが歴史に学んできたからとも言えます。「ハリー・ポッター」や「進撃の巨人」のようなファンタジーに現実を仮想することも有効でしょうが、近現代の史実から道しるべを探すことが、共感を持続させる条件のような気がします。(岩崎)

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