No.769 Free lunch

 「ただのランチはない。」社会に出て最初に実感したほうがよいことなのですが、腑に落ちるには時間がかかります。もちろんいきなり美女がにっこり微笑んで、「一緒にお茶しましょう。」と言われたら警戒はします。テレビ番組のモニタリングでは馬鹿だねえと女性に無警戒な旦那を笑いますが、多くの男性は誘いに乗ります。僕の友人は、その後ん十万円のローンを組んで、いつ現れるかわからない婚約者のために指輪を買って、ん十年たちますが、まだ彼女は現れません。女性だって高い贈り物に弱い人は多いでしょう。

 本当に実感できるのは、ビジネスの中で大きな借りを作ったときです。新入銀行員時代、周年預金集め(昔はそんなノルマがありました)で、ある企業が億円単位の預金をしてくれたのですが、その数か月後ボーナス時期にその会社の電気製品を銀行の皆さんに社員価格で是非、と言われ僕の家に、ん十万円のエアコンが入りました。それ以来、自分で返せない大きさの借りには敏感になり、私生活ではできるだけ独立して生きたいと、私生活で困っても、知らない人からの救いの手ははねのけるようにしていました。

 会社対会社の関係であれば、このような見えない貸し借りは、ビジネス上の潤滑油となりえますし、困っているときはお互い様、という美徳にもなります。うまく貸し借りのシーソーを動かせない奴にビジネスはできないと昔教えられましたし、優秀な先輩は手帳に詳細にいろいろな企業との貸し借りを記録していました。しかし、集団対個人では、個人が圧倒的に不利になります。

 ただのランチはないことを実感しても、社会の中ではしばしば善意の押し売りに遭遇します。もし土木会社に就職して工事監督をやったら、すぐに中年の見知らぬ男性が現れ「この現場は、なんか事故が起こりそうな気がするな。」というのに出会うでしょう。「地元の氏神のお守りをもらってきてやる。」と言われたら、あなたはどうするでしょうか。「お礼はいくらくらい?」と聞いても「まあお気持ちで。」としか答えません。いくらといえば恐喝になるからです。

 自営のためには自分もどこかの集団に帰属するしかなく、その結果企業にどっぷりつかる日本人男性が戦後の成長を支えました。アメリカでは企業は日本の会社のように個人の権利を守ってはくれません(日本では借金以外は結構守ってくれました)。日本とは逆に自分や自分の家族は自分で守るという考え方のほうが一般化し銃所有の自由や国民皆保険への反対が議論されます。前回のハインラインのSFはその流れです。主人公たちのようにマッチョに生れなかった人は宗教集団に所属することを求めたりもしますが、結果宗教集団が政治的な圧力団体化していきます。

 なんだ、結局自由を守るにはどこかに所属するしかないのかと、やや絶望して考えたあなた。今から3000年前に別の方略を考えた人たちがいました。それが現在の法律の起源となっているのは、また別の話ですので、次回に。(岩崎)

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