No.771 Sapporo Sight-Seeing (8) カムバック・サーモンは遠くなりにけり(札幌市豊平川さけ科学館)

 うちの弟は、札幌市の初代「さけ大使」としてカナダに短期ホームステイしたのですが、円山小学校の沿革には昭和59年(1984年)のところに「児童会代表、カナダへサケ学習に行く」と一言だけしか書いてありませんねえ。円小(まるしょう)でも鮭の稚魚のふ化に取り組んでいましたが、現在の資料では東白石小(元祖)、山の手南小、藻岩南小の取り組みしか出てきません。おかしいなあ。本人生きていたら、焚き付けて調べさせるのですが。

 そんなわけで常宿への帰り道にある真駒内公園の札幌市豊平川さけ科学館にやって来たのだ。折悪しく改修中で、写真は何がなんだかわかんないけど(公式Webサイトはこちら)。

 カムバック・サーモン運動は1978年に始まったとのことで、ちょうど私が札幌に転居した年です。テレビでT酒造がJ焼酎のCMでアピールしていたのが記憶に残っているのですが、札幌ではなく京都の会社なのですね。運動の経緯はマルハニチロのWebサイトで詳しく紹介されています。当時の豊平川は“ドブ川”とまでは言わないものの、普通の都市河川で、鮭が遡上するような環境ではありませんでした。子供ながらに(そして親も)なんとなく冷ややかに見ていたように思います。稚魚を放流しても海に行くまでに死ぬだろうし、万が一帰ってきたらかわいそう、と。

 ところがその後の河川浄化や環境整備が進み、現在では稚魚放流ではなく自然産卵による回帰が定着し(つまり野生化)、目下の課題は「鮭が産卵しやすい河床の整備」に移行しているそうです。昔のイメージ的には、郊外にあたる科学館で稚魚を放流し、捕獲・採卵・孵化・放流だったのですが、現在は町のど真ん中あたりで自然産卵しているらしい。すぐに中洲状態に戻ってしまう場所の泥の除去や水路掘削を行っているようです。

 はじめて岐阜に着任した夏、東海道線長良川橋から川で泳ぐ人たちを見てギョっとした記憶があります。私の都市河川に対するイメージは、やはり「生活排水が流れ込んで汚い」であり、泳いだり魚を獲ったりするところではありませんでした。長良川河口堰で鮎の遡上が問題になった時も、「北海道じゃ治水絶対優先で問題にもなんねえよな」とか思っていたのですが…時代は大きく変化したようです。

 真駒内近辺では、他にも「エドウィン・ダン記念館」(小学校の時に調べ物に行こうとして、散々迷ってたどり着いた挙げ句、休館日だった)、「藻岩山展望台」(いつのまにかリフトではなく“もーりすカー”になっていた)など、思い出深い場所が多くあります。前に奉職していた大学が近隣地区(常宿の上の台地)にあり、土地勘は子供の時より持っているつもりです。それでも石山通と五輪通の交差点が立体化したり(俺がいるときに間に合っていれば!)、サティがイオンになっていたりと、やはりまごつくことも多くなっています。常宿もGから巨大チェーンAに変更しているしね。大きな時代の流れを感じさせる小さな川、それが豊平川なのでした。(畦地)

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