No.772 ゴーンの亡命

 新型コロナウィルス流行抑止のため、残念ながら多くの教育機関で卒業式が取りやめとなりました。懇親の機会が奪われることは残念で、そのような時僕たちはルールに従うか従わないかで人々の行動を判断しがちです。首相の休校要請に法的根拠を問う声もあがりますが、新しい事態には法律はあまり役に立たず時間も限られます。かかる問題を解決するため発達したのが政治システムの歴史です。現在の民主主義の原型はギリシア、ローマ時代にあると習いましたが、その民主主義がどのような歴史的事実から発展したかまで考えることは稀です。実は法に従って政治があるのではなく、「個人の自由を指導原理とする全体社会組織の、その自由を実現する仕組み」としての政治が先で、その動きの結果が特定集団の役得となっていないかチェックするために法が生まれてきたようなのです。

 私有地の集団を束ねる中心人物が都市に集い、政治決定を行います。自由を守る極端な例は防衛戦争ですが、その負担をどの集団がどのくらい負うかを決めるのが政治です。戦争は待ってはくれませんので、決定する少数の貴族=元老院を定め、成人男子が民会で批准する形をとりました。決定が偏っていれば事後に平衡をとります。責任です。

 元老院での発言は自由に知恵をだす必要がありますが、有力者が徒党を組んだりすると、決定内容が特定の集団の人を含めた財産を侵したり、暴力で決定を左右したりが起こります。これを避けるために裁判制度が後から発展しました。その後貴族だけでなく市民が不公平にならないように法律が生まれてきました。例えば市民Aさんが自分の持ち物(金)を有力者から自分の所有と主張された場合、まずその人は自分がその物を占有していることを示すと、裁判官がしばらく相手の動きを止めます。相手が無理やり奪おうと暴力をふるえば、無条件にその物はAさんの所有物と社会で承認されます。相手の主張が事実かどうかはその後の陪審制度に委ねられます。試行錯誤から法の枠組みが生まれました。

 ローマでは決定するのが政治で、その決断が他者の自由を必要以上に侵していないかを判断するのが裁判です。政治家の暗殺は自由を奪う最たるもので極刑でした。容疑者は拘束されますが、保証人をたてるか保釈金を払うと自分の身体を占有、つまり釈放され裁判を待ちます。その容疑者が保釈金もその国での権利も捨てて逃亡すると、彼は共同体内の自由な立脚点を失うため(自由は侵せなくなるため)亡命の権利が認められていました。ゴーンは大学恐育でローマ法を熟知しており、亡命は彼の権利と考えていたのでしょう。

 「新版 ローマ法案内」を読むと、今の政治や法律に対する見方がちょっと変わります。今の老人が大学で読んだのは丸山や川島でした。日本人は、自由は行動して守るものと思っていない、あるいは日本人の所有権の意識があいまいであるということが近代政治や法を守れない問題の一端と学びました。間違いではないのですが日本だけの問題ではありません。世界的な拝金主義流行の理論的根拠は所有権です。ローマの知恵を今の法に生かしたのは産業革命を経済成長につなげた19世紀西洋の人たちですが、若い人が自分たちの文化に合わせた新しい自由を保障する仕組みをもう一度創るためには、法意識の源泉に触れるのも大学でできるよい実践です。(岩崎)

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