No.774 道の駅の経営①

 岐阜県内を車で走っていると次から次へと道の駅に遭遇します、県内には全国2位という多くの「道の駅」があるのです。1990年初頭に最初の道の駅が設定され、当初は「トイレ休憩などもできる貴重な場所」という存在感もありましたが、昨今ではコンビニも公共性からトイレを開放するようになり、道の駅も都市近郊にできて、スーパーマーケットなどとも競合が激しくなっています。

 そのため、実際に経営不振に陥り、赤字が続く道の駅が出てきています。これが単なる民間の商業施設であれば、「あの店つぶれちゃったみたい、お客がいなかったよね」で済みます。しかし、自治体が関与して税金で建てられた施設が失敗したのであれば、地域の重荷になってしまいます。

 実際にこのままだと経営破綻しそうだと自治体が特別予算を組んで実質的な救済に乗り出すケースも出ていると聞きます。もちろん、道の駅は「産直で地元の活性化」という趣旨は評価できるのですが、しかし、県内には明らかに客足が遠のいていて経営不振と思われる施設も増えているように思われます。道の駅は基本的に、自治体が事業主体となって、施設そのものは税金によって建設されています。できた施設は指定管理制度などを活用した第3セクターなどに委託して経営してもらうというモデルが主流です。

 もし、民間が事業として施設を作れば、施設建設の初期投資分も含めて、施設運営の売上げから捻出するのが常識です。しかし、道の駅のほとんどは、初期投資は税金で作られています。したがって、初期投資分を返済する必要がないという前提で事業が計画されてしまいます。そのため、あまり売上げがあがらなくても「成立する」というようなことになってしまい、経営上、売上げのハードルが低い様に錯覚するという歪んだ状況がここに生まれます。

 会社の経営は、強い責任感と熱い情熱が無ければいけないと私は考えていますから、甘い事業計画と地域活性化という言い訳、言い逃れが許されている経営者に「覚悟」は生まれないと言い切らせていただきます。

 多くの公共施設で生産性が上がらないのは、「損益分岐点が歪んだ形で、通常より低い水準で容認されているために、生産性は低くても維持可能である様な錯覚を持たせてしまうために、運営を任された者に、売上げ向上・改善に向けての血のにじむ努力が行われなくなり、地域に本来生まれるはずの利益が小さくなったり、失われてしまうと私は考えています。 (田村)

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