No.774 Sapporo Sight-Seeing (9) ふるさとは遠きにありて思ふもの(千鳥ふみ子さん)

 写真のスタンプは2003年3月14日なので、札幌在住だった前職最後の週末にマチ(札幌市内中心部の総称)に出て撮影したものだと思います。南3西3の角っこにあった「中山ミシン店」の店頭でミシンを踏み続けていた千鳥ふみ子さんは、2013年7月10日の閉店により、その長いお勤めを終えられたのでした。ただ、現在は事務職員に転身され、時おり市内イベントに参加されているようです。

 中山ミシン店はコンビニFに姿を変えました。実は西3丁目通りはあまり通ったことがなく、ため楽器の教室があった西2丁目通りの方が馴染み深いのですが、現在は両方とも当時の面影がほとんどありません。今調べたら、ため楽器(多米楽器)ってエルム楽器に吸収されたのか!?地下鉄西28丁目駅直上、通っていた向陵中学の隣のビルにあった教室も、とっくの昔にマルヤマクラス(子供の頃、プールに通っていた郵便貯金会館を取り壊して造られた商業施設)に移動しているらしい…。

 前職、札幌に着任したのは、大学進学で内地に出てから11年後。たった3年しか在職せずに、その後ほぼ17年も岐阜にいることになります。前回、札幌で就職したときにも、その変化のしよう(特にマンション群の林立)には驚いたのですが、今は1~2年ごとに訪れる度に変化に気づかされます。市街地での車の運転、こんなに荒っぽかったっけ?とか。

 自分を形作る様々な地域表象がなくなる反面、町の自然な活動として、新しい物や変化が生じています。恐らく札幌に住み続けている人には、あまり気づかれていないし、その新しい物や変化自体が新たな“自分を形作”っているのだと思います。一方で、ふるさとにたまに帰る身としては、その変化に直面することで、なんとなく自分を形作っている欠片が消えてしまったような思いにかられます。

 室生犀星が「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と詠った場所や意図については諸説あるのですが(普通に東京から金沢に帰りたいとする説/金沢に戻って世間の狭さに嫌気がさして東京に帰りたいと思っている節など)、変化し続ける故郷を見ると、自分の一部となった遠い思い出として、そっと遠くから見守る方が良いような気もします。ただ遠いところからたまに帰って見るからこそ、自分の思うのとは違う故郷の良さを感じることができるような気もします。

 今はどっちにせよ死ぬまで岐阜在住たまに札幌という生活となるのではないかと思っていますが、自分の一部となっている様々な札幌の表象をご紹介できたということで、この連載を閉じたいと思います。(畦地)

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