No.830 アルゼンチンの牛

大学生で音楽に入れ込んでいた頃、どこがよいのだと親父から鼻で笑われ悲しかった記憶があります。みなさんも両親に自分を理解してもらえず説得にも限界があり、話しても無駄という経験があるでしょう。清少納言のように両親の価値観を納得させて動かせれば良いのですが。人類はもっと昔から同じ悩みを抱えていて、誰かの意見ではなく神が与えたモノとして一緒に住む仲間に影響を与える強力な道具、神話を発明しました。19世紀から20世紀にかけて、新しい神話として生まれてきたのが民族という概念です。

同時に人々の考え方や行動に影響を与えるようなプロパガンダと呼ばれる宣伝が多く行われるようになりました。「すばらしき戦争」とうミュージカル映画を見ると、多くの市民が銃をとり志願して戦争に行った第一次大戦は、国々による宣伝合戦の大きな結果であることがよくわかります。第二次大戦後プロパガンダに対する警戒は強まり、第四の権力としてのジャーナリストによる監視が民主主義の大切な統制装置と意識されるようになりました。ただし、忘れていけないのは19世紀に民族という物語を広め人々に影響を与えたのはジャーナリストでもあったという点です。以前書いたようなフェイクニュースは、生まれるべくして生まれてきたものです。

さらにフェイクニュースはプロパガンダより強力です。心理学や経済学の分野でのここ40年の成果を取り込みました。多くの場合、時間と脳力を節約するため人は合理的な計算を行わず判断していることが心理学で実証され、それを応用した行動経済学は人間とはひどい間違いをするのが当たり前なので、そうならないようにそっと行動を良い方向に動かすような仕組みを入れる事が必要だと説きだしました。たとえば男性用トイレの便器の中心に小さなハエを描くと、便器回りの汚れは80%減ります。トイレならどうでも良いのですが、理性的な人間像で設計された車による交通事故や核兵器による相互抑止では、理性以外のブレーキが必要という議論は説得力があります。と同時にこのような技術は、振り込め詐欺のように、わざと人間に間違った選択をさせるためにも使えます。フェイクニュースの隆盛は、ある種の選択に人々を無意識に導く技術の応用でプロパガンダの進化版です。「スターウォーズ」のフォースと同じく、行動経済学の知識を悪用すれば一瞬で世界中に感情的に行動する人たちを複製できるのです。

そのような知識と技術の存在を大学で学ばなければ、21世紀は便利で自由な時代というより、自分自身が何者かの家畜や傭兵になっていることに気がつかず一生を過ごす時代となります。ドナドナの歌のように牛は人間より可哀想と思っている人が多いですが、アルゼンチンの牧場は広大で、放牧されている牛の一定数は豊富な餌を食べ天敵もおらず天寿を全うします。オーナーのお金が少なくなりさえしなければ売られないからです。ITビッグ5とは、アルゼンチンのオーナーのような会社かも知れません。(岩崎)

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