No.858 学生に叱られる

幼稚園児チコちゃんに素朴な疑問を語らせ、オトナが答えられないと、「ぼーっと生きてんじゃないよ!」と叱られる番組がNHKで始まりました。1年生向けの経営学入門の授業では、学生の素朴な疑問に答えその結果社会の中の組織の効用とその運営の面白さに目覚めてもらう狙いで、毎回復習とあわせ質問を募集します。質問への僕なりの回答から授業をはじめます。良い質問は加点すると伝えたため、本当に素朴だけど本質的な質問が生まれ、回答する側の見識が問われるだけでなく、学生と共同で知識を探っていく快感があります。「普段無定義で使われる「コミュニケーション」とは本当は何をさすのですか。」のような質問が生まれ、授業を進める良いガイドになります。

先々週は、マズローの5段階欲求の理論(仮説)について説明した後、何が今欲しいかを聞き、お金は理論に従えばどの段階の欲求かを答えてもらいました。人文・社会科学での専門用語が、普段使う言葉とは違う意味を持っていること(社会的欲求は、世間という意味の社会ではないとか)の自覚と、答えらしきものが一つ見つかっても考えることを止ないための質問です。お金は間接的に全ての欲求を満たすけど直接欲求を満たさない。つまりパブロフの犬にとってのベルのようなもので、21世紀の人間は犬のようにお金に条件反射していると説明すると、あざといですが注目してくれます。

しかし学生の回答と質問が予想のレベルを越えていました。お金は安全欲求である。なぜならないと不安になるから、欲しいのは危険を避け安心を確保している定義にあう、との回答があったのです。組織とは人とお金の結合体であり、お金とは各自の行動レベルを調整するための価値の尺度であるという経営学一般の前提に、この回答はクエスチョンをつきつけるものです。経営者が不安という感情に突き動かされていることを普通の教科書では前提としていません。なぜお金がないと不安になるのか、僕の犬説では十分説明できません。だから教員は、チコちゃんに叱られるような良い質問が嫌いです。

学生に回答するためには、お金が価値の尺度や決済手段や価値を貯める手段だけではなく、さらに進んでお金とは信用を譲渡する技術、もっと進んで負債を顕していると考えを進めるべきかも知れません。お金が存在しない日本の古代でも出挙(すいこ)という制度があり、役人が貧しい農民に種籾を貸し与え収穫時に倍近い米で返させました。当時の庶民にとって借りた籾(当時のお金)は、将来多くを返済しなくてはいけないプレッシャー、不安として感じられたことでしょう。

こう考えていくと経営の秘密を教員と共に解き明かしている満足感だけでなく、今の極めて平和な日本社会の中でなぜ漠然とした不安が生まれるのかについてもヒントが得られそうです。投資より内部留保を優先する昨今の日本企業の不思議な行動も説明しやすくなります。興味のある人は、大学で金融の基本を学んだ上で、マーティンの「21世紀の貨幣論」やグレーバーの「負債論」を読んでみましょう。 (岩崎)

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