テーマ:コラム

 

 今年も台風被害が広範囲に及ぶ年となりました。東京近郊の川沿いに建つ自宅は過去水害を受けたことはありませんが、ハザードマップでは浸水1メートルと表示されています。9月の台風15号では避難準備が出され、一階の荷物を二階に上げて家で備えていましたが、翌日暴風で庭に散らばった隣家のガラス片を片付けるだけで済みました。10月の19号では岐阜に止まるつもりでしたが、前日金曜日に自宅付近で停電になったとの家人からの連絡で新幹線が止まる前に東京に戻りました。今回は土曜日の早朝から家中の携帯が一斉に鳴って避難準備が避難勧告に変わりました。事前の予報は前回にも増して大型とのことで、子どもとまた家財と猫を二階にあげ、避難用品を持ち戸締まりして避難所に向かいました。

 経験してはじめて分かったことがいくつかあります。まず避難の手順を事前に家族で確認し、リストを作っておく必要性です。今回は時間の余裕があったので相談しながら着替え、ビスケット、パン缶詰等非常食、水、携帯、充電器、ランタンを持って行きました。また、水没を避けようと車も避難所そばの駐車場に止めることにしたため、キャンプ道具の寝袋とマットも持って行けたことが意外に役立ちました。避難所受付で住所氏名を書くと水と毛布は配られますが数は不足していました。固い床に段ボールを敷く程度になります。また、弁当を持ってこられていたご家族もありました。しまったと思ったのは、アイマスクと耳栓です。防犯のため夜中も避難所の灯りはついており、周りの灯りや音が意外と気になります。ペットをどうするかについても家族でよく話し合っておく必要があります。ペットを受け入れる避難所もありますが、明らかに迷惑顔の避難者もおられます。

 避難勧告から2時間ほどで近隣の避難所についたのですが、まだ定員の半分以下でした。早めの方がプライバシーを確保しやすい場所が確保できます。その後続々と避難の方がおいでになりました。前回暴風で大丈夫かなと心配したのに比べ、周りに多くの方がいらっしゃる安心感はありがたいものです。しかし、ご家族で避難された方は話す相手がいますが、お一人で避難される高齢者も多く、必ずしもご近所とも限らないため言葉がけがないのが気になりました。昔奥さんに教えこまれた誰とでも言葉を交わせる人なつっこさと笑顔は、避難時に忘れてはいけない亡妻ならぬ防災用具でした。

 幸い夜半には雨も弱まり河川管理も神業だったのか、多くの方が夜中に避難所を後にされましたが、安全を考え翌朝早く避難所を後にしました。幸い何事もなく二階の荷物を下ろし快晴のなか洗濯したものの夕方になってどっと疲れが出て、台風前に引いていた風邪が悪化しその後5日間ほど体調不良をひきずりました。わずか一日のほとんど心配もなかった避難所生活でもこれほど疲れるとは。防災の準備と避難所生活を送られている方々への自分の想像力、共感力のなさを思い知らされる体験となりました。(岩崎)


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 先輩と言っても面識はありません。

 我が母校。北海道立札幌西高等学校は「やることはやる。やるときはやる。やれるだけやる」という実行精神のせいで、「やることしかやらない、やるときしかやらない、やれるだけしかやらない」優秀な人材を多数輩出していることで有名です。その中で最も有名なのは、ゴジラの劇伴を作曲した現代音楽家の伊福部昭先輩なのですが、同年代でもうお一人。それが佐藤忠良先輩です。

 一般的には絵本「おおきなかぶ」(福音館書店版/A・トルストイ再話/内田莉莎子訳)の作画でお馴染みです。私としては、岩手県遠野市「とおの物語の館」の前庭にある柳田國男先生の胸像が佐藤忠良作品で驚愕した思い出があります。時代を代表する彫刻家のため、札幌市内の美術館・町中に作品が点在するほか、滋賀県の佐川美術館や、(出生地である)宮城県美術館にコレクションがまとめられています。

 写真は「札幌芸術の森野外美術館」内に建つ「佐藤忠良記念子どもアトリエ」前の作品「亜古」と一緒に自撮りしたものですが…亜古ちゃん、見切れちゃってますねえ。不気味なオッサンとの対比で愛らしさは増しているかもしれませんが…。

 しかし!我々(札幌)西高生にとっての代表作と言えば「蒼穹」です。この作品は、佐藤先輩により(旧制第二札幌中学校)創立60周年記念に際し寄贈されたもので、新制札西高50周年記念誌「蒼穹の庭」のタイトルともなっている、まさに西校のシンボルとなっている彫像なのです。我々が生徒だった時代には、たしか階段の踊り場にあったような気がするのですが…現在は校舎前庭に、本郷新先輩、山内壮夫先輩の作品と共に屋外展示されております。

 ではなぜ「蒼穹」と一緒に撮った写真を掲載しないのか?理由と事情は「佐藤忠良 蒼穹」で写真検索してお察しください。彫刻家としての佐藤忠良の特徴は、ありのままの人間存在を描くこと。彫像の中からは、モデルとなった人物の生物としてのエネルギーが迸ってきます。今回の取材で様々な作品をじっくり鑑賞しましたが、どの作品も骨と筋肉と皮膚の流れに嘘がないのですね(厳密に言うと、創作ならではのテクニックがあるのですが、嘘に見えないのです)。つまり、全ての作品が“ここに特権的肉体がある”という強いオーラを放っているのです。

 そんな強烈な作品性に満ち満ち溢れた、両手を広げて立ちはだかるうら若き乙女の裸婦像を、純真な高校生男子の目に嫌でも入るところに置くな(笑)!芸術と言い張れば環境型セクハラじゃないのか?表現の不自由とか宇崎ちゃんどころの騒ぎじゃねえ。

 というわけで、色々巡り巡ったことを書きましたが、わたくしにとっての佐藤忠良表象は“エロ”なのでした。だからこそ、大人になってから「おおきなかぶ」の作画者であることに気づいたり、柳田國男胸像で驚いたり、じっくり舐め回すように微に入り細を穿ち裸婦像を鑑賞できる年齢になったりして、初めてその芸術家としての凄みに気づくことができたのでした。身近にあると、かえってその価値が理解できないというのは、こんなところにも通ずるのですね。

 ところで今回、初めて札幌芸術の森野外美術館を取材して、なぜだか養老天命反転地を思い出しました。やりたいことはよく理解できるのだけど、なんだか微妙なスベってる感と、とにかく一周するのに疲れるところが…。自然との共生というコンセプトは魅力的だと思うのですが、最低でも宮脇愛子の「うつろひ」くらいのスケール感がある巨大作品に絞るか、ヴィーゲラン広場や渓流沿いの佐藤忠良作品群みたいに密集展示しないと、ぼかーんと丘と森の中に埋もれてしまうだけのような気がするなあ…。

(畦地)

 


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 利用頻度が高いお店の店主や店員と親しくなることについて、「好ましいことだと思う」としたのは55.5%であった。この割合は女性より男性のほうが高めであり、特に男60代(68.9%)、男50代(65.1%)で高かった。一方、女性は男性に比べて、「お店のジャンルによって異なる」とした割合が高めであり、慎重な傾向が強い。「好ましいことだと思う」の評価理由(自由筆記で回答)では、「お店を利用しやすくなる、行くのが楽しくなる」「情報が得られる、相談できる」「人間関係が楽しくなる」「サービスが良くなる」などの意見が多くみられた。裏を返せば、これらは、店主や店員と親しくなることでユーザーが期待しているポイントとも言える。(常川)

 

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