テーマ:コラム

 怖い夢を見ました。津波警報が鳴ったので訓練通りに高台のビルの4階に避難し、これで安心とニュースを見だし、ふと見ると水が2階まで来ています。慌てて階段を6階の屋上まで駆け上がるのですが、水はあっという間に5階に達するのが見えた瞬間、パニックになったところで目が覚めました。本当の恐怖は大丈夫だとの思いが破られたとき襲ってくることを思い出しました。スポーツをやる人なら経験があるかも知れません。 

 大学の近く、安八町は糸をよる撚糸業という紡績の下請の町でした。その中心だった浅野撚糸は、技術と最新の機械導入で、2000年まではグループの協力工場との鉄の団結力で利益をあげていました。協力工場も最新機械に投資しだした直後、中国製の安い撚糸が出回りグループの受注は激減します。浅野撚糸本体には廃業するだけの蓄えがありましたが、協力工場は膨大な借金を抱えることを危惧した若い社長は、仕事がないため従業員をリストラしながらも、何とか技術力を活かした新製品を開発して巻き返しを狙いました。よれるモノなら糸だけでなくゴムでも鉄でも、よる開発に明け暮れます。 

 しかしあっという間に赤字となり近隣からはもう潰れると噂され、助けようとした協力工場も1社1社離れていきます。明日が来るのが怖いから、寝ない、眠れないというのが当時の実感だったそうです。撚糸技術継承のため開発を続けますが一向に成果が見えず、従業員や取引先からも非難をあびます。それでも、社長はあきらめませんでした。

 5年後タオルメーカーと共に4千枚もの試作の後、お湯に溶ける繊維を使った吸水性抜群のタオル開発に成功します。多くの他力と善意にも恵まれ「エアーかおる」という最終商品を自分で大手流通業に売り込みテレビ通販でも評判となり、ついに第5回ものづくり日本大賞「経済産業大臣賞」を受賞する大ヒット商品となります。素材メーカーとしてもオンリーワン企業となり、協力工場の借金の返済にも従業員の呼び戻しにも成功します。

 学生と地域の方々とともに、朝日大学経営学会で浅野雅己社長の体験談を聞いて様々なことを教えていただきましたが、最後にどうやって恐怖に打ち克ったのかを質問してみました。少し考えて社長は、「恐怖は迷いがあるから生まれるんですよね。」と答えられました。情に流されるだけでは経営はできない。大義が必要だが、それが腹に落ちていないとよく考えたようでも恐怖を感じる。また、それでも怖いが、お金がなくなって借金だけになったときに恐怖は消え、前に進むしかない、と思われたそうです。本当に守らなければならないのは何なのか、よく考えることが恐怖に打ち克つ秘訣かも知れません。(岩崎)

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