テーマ:コラム

 今日のコラムは40歳以上向けです。1980年代ソニーを担当していたとき、品川駅で降りると社員が溌剌と会社に出入りし、部長さんは僕の提案に「それはソニーのポリシーにはあわない」と自信を持って、しかし丁寧に説明してくれました。行動力とそれを磨く知性のオーラが充満し、自分まで高みに引き上げてもらいそうな気分を味わえました。あのときの部長さんと同じ年齢を過ぎた今、僕も授業で、若い人たちに同じ気分を味わってもらえているかと自問します。

 そんなある日、樹原涼子さんの『ピアノを教えるってこと、習うってこと』を後輩がFBで絶賛していたので古本に目を通すと、びんたを張られた気分になりました。ピアノが好き、それを子供達に伝えたい、その思いが深ければ、ここまでやるんだ。自分が教えられたことをなぞるのではなく、壊していくのだと。

 彼女はうまくレッスンが進まない原因に3つの仮説①教え方が悪い②生徒の努力が足りないか、ピアノに向いていない③使っている教材が生徒にあわない、を立て、先入観を捨てて使っている教材を吟味するところから始めます。ピアノを習ったことがある人なら誰でも知っている教則本バイエル。名前を聞くだけで僕もレッスンに行く直前に嫌々練習した記憶が甦ります。調べるとバイエルを使っているのは日本ぐらいで、様々な教材が世界中に存在することを見つけ出します。それらの教材に比べバイエルは見劣りするというのです。恩師になぜ日本ではバイエルを使うのか確認に行くと「自分で教材を研究したら使う人はいないでしょう。ほかの本を知らないから使っているだけです。」と。彼女はついには自分で教材集を創り上げます。

 ピアノを好きにさせるは、についても深く考えます。「大好きな先生に、はじめから音楽をまるごと習うこと。」まるごと音楽を体験させるため、先生が音楽を弾いて聞かせよう。しかし、聞くことは出来ても初心者がまるごと演奏するにはどうしたらよいか? 考え続けて、指一本の音に併せて、メロディーや伴奏を先生がつける練習法を編み出します。響きあう音の心地よさ、リズムに乗る喜びを感じ取らせるのです。昔のピアノの先生は、生徒の注意事項を指摘するだけで自分が弾くことは少ないのですが、彼女は生徒と一緒に音楽を創り、一緒に楽しみ、生徒が自分で良い音楽にたどり着くよう見守ります。

 高度成長を生きバブルに流された僕たちは、教えられたとおり人生をなぞり、そして今やその遺産を、成長に導いた先達と共に食いつぶしつつあります。東芝や日本郵政の話を聞くと、人ごととは思えません。確率変数の期待値ではないリスクのもう一つの意味「勇気を持って試みる」を忘れてしまい、形式だけ満たす怠慢に置き換えているようです。自らの断固たる決意でビジネスを進めた経験を、感動を、もう一度次の世代と共に知恵を絞って体験しながら伝えることしか、残す遺産はないのにもかかわらず、マンネリに陥っていた僕を、樹原先生が背中で叱ってくれました。 (岩崎)

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