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「猛き黄金の国 道三(本宮ひろ志)」

「国盗り物語 斎藤道三(司馬遼太郎)」

 

 よく語られている類のことではあるが,岐阜駅前には金ぴかの織田信長像があり,市内循環バスも信長・濃姫でラッピングされている.

 なぜ,岐阜市は尾張からの侵略者である織田信長を観光資源に推しているのだ?

 元々美濃の守護は土岐氏であり,土岐頼芸を推すのであれば理解ができる.ところが,司馬遼太郎に「鷹ばかり描いているボンクラの殿様」という描写をされたせいか,全く人気がない.その時に流行っている武将の能力が上がることでお馴染みの「信長の野望」シリーズでも,最新作に至るまで一貫してクズ武将扱いのようである.

 だが,例えば「土岐の鷹」についても,県内に経年・作者毎のまとまったコレクションが存在するとか,あまつさえ常設展示されているという話は聞いたことがない.一応,岐阜市教育委員会編纂の「土岐の鷹」という1973年刊の資料は存在するが,寡聞にして一般的に入手できる単行本等の存在を知らない.そもそも唯一の土岐氏研究本とされる「美濃・土岐一族」(谷口研語/新人物往来社/1997年)も,絶版となって久しく,古書としても高額プレミアム付きの流通となっている.

 なぜ岐阜県民は,清和源氏の名族でもあり,高い文化を育み,元はその武威で美濃・尾張・伊勢の三国を領した土岐氏を誇らないのか.その功績・事跡をまとめ,司馬遼太郎によって創られた「斎藤道三(長井一族)によって下克上され,その斎藤氏も織田信長に滅ぼされた情けない美濃」というイメージを上書きしようとしないのか.むしろ,その情けないイメージに阿り,乗っかることしか考えなていないのか.というあたりが,岐阜の地尊心と観光のあり方を解きほぐしていく手がかりになりそうなのだが.

…という本筋とは関係ない愚痴は置いておいて,本宮ひろ志である.「猛き黄金の国」はシリーズ名は共通だが,岩崎弥太郎・斎藤道三・柳生宗矩をそれぞれ別個に描いた作品である.共通するところは“男”.シリーズというよりは,全ての作品に共通する本宮節が大炸裂している.シロウトにはお薦めできない(作風としては,楚漢記に題を取った「赤龍王」にテイストが近い).とはいえ,司馬遼太郎「国盗り物語」の世界観によく似た,無能な美濃衆が成り上がりの油屋に乗っ取られていく様を,人物的魅力“男”に溢れる斎藤道三の姿とともにビジュアル的に分かりやすく描いているという意味では,読んでおいて損がないだろう.この際,描かれた本巣や津島の地勢が全く違っているという点はどうでも良い.なぜなら,本宮ひろ志作品なのだから!!

 とまれ,最終段落においてようやく本題なのだが,別府城である.「国盗り物語」でも見開き2ページにパラパラと書いてあるのみ.おおよそ「穂積町史」やWikipediaの「土岐頼純」の項で「大桑城の支城」と,あっさり風味でしか見ることのできない別府城の闘いが,この「猛き黄金の国 道三」では非常に大きく詳しく取り上げられている.どうせ創作典拠なら,こういうところを拡大して盛り上げるべきなのだ.平地でどこまでも見渡せる防御上不利な真っ平らな土地であるからこそ近づけないという,パラドクスの城.そして抜け穴.これこそが観光資源化できるロマンではないか.惜しむらくは現状の地形からは縄張りが全く推測できないほど完全に破却されてしまっているのだが,おおよそ入徳寺から秋葉神社,勝速神社と別府観音近辺を中心とした城だったと推定されている(そういえば,秋葉様から勝速様に至る自然堤防と思しき微高地があやしい).(リアルな意味で)埋もれてしまった歴史を(できればリアルに)掘り起こし,観光化はともかく胸を張って「ここにあの別府城があった」と言えるようにすること.その最初の一歩となるのではないかと思われる,価値ある本宮ひろ志作品(男)なのではないかと思えるのである. (畦地)

 

 

(書影リンク)

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